薬物療法と心理療法
精神科では心の問題と取り組みます。精神症状が出るときには、心に何かの問題を抱えていることが多い。薬は、症状を緩和してくれます。しかし、その症状の原因になっている心の問題はなかなか治療してくれません。
心理療法だけでは精神病の治療はできません。薬物療法だけでも片手落ちです。心の問題を解決するには、心理療法と薬物療法をうまく組み合わせることが大切です。
心理療法は、最初のうちは、何も変わらないと感じます。しかし、心理療法と薬物療法の両者がうまくかみ合うと、急速に症状が改善します。診療していて、表情が劇的に変わってゆくのを実感します。本人は何も変わっていないと仰ることが多い。健康を実感するのは難しいのでしょう。ご家族にお尋ねすると、良くなっていると仰ります。お気軽に心理療法をお試しください。
うつ病の話
白夜を経験するスウェーデンでは、冬になると、うつ病になる方が結構います。寒さもマイナス20℃です。日が昇るのが朝10時。沈むのが午後3時。太陽は昼間地平線よりも少し上を右に動いてゆきます。後は真っ暗な世界。太陽の光が足りないためうつ病が起きます。
私もしっかりと鬱になってしまいました。抗うつ薬を手に入れようとしたのですけど、スウェーデンの病院では、めったなことでは薬を出してくれません。「薬局に行ってくれ」と言われます。薬局では、民間療法の草木を処理したような薬を勧められました。日本では抗うつ薬が簡単に手に入ります。
冬至の日にストックホルムでは、人々がスカンセン(古い建物を集めてある丘の上にある公園)に集まって、ファイアーストームで夜明かしです。寒いけど春を迎える希望でみんな元気。楽しいルチア祭りもあります。冬至から一気に明るい気分になります。毎日、日が延びるのを実感します。春が待ち遠しい季節です。
うつと太陽
フランスの話だったと思います。1900年代の初めの方でしょうか。
あるサナトリウムに同じ条件の病棟が二つ立っていました。片方は日当たりが良くて、片方は日当たりが悪い。日当たりの良い方に入っている鬱の患者さんはどんどん良くなる。日当たりが悪い方はなかなか良くならない。それで、太陽の光がうつの治療に良いのではないかと考えられました。
だからといって、うつの患者さんを、無理やり外に連れ出してはいけません。病気を悪くしますし、回復が遅れてしまいます。うつの人は精神が疲れています。無理して活動させると、さらに疲れがひどくなります。
落ち込んでいる人を見ると、パーっと遊びに行けばよくなると、無理やり旅行に連れ出すご家族がいます。うつをさらに悪化させるだけです。うつの患者さんは家でそっと療養させてあげてください。
風邪をひいて寝込んでいる人に、外で運動すればよくなると、寒空に引っ張り出すのと同じ話です。さらにひどくして、悪くすると肺炎を起こします。
うつの人を見たら、暖かく支えてあげてください。家事をするのもおっくうになっています。できることはやってあげて、休んでいられるようにしてあげてください。回復してきたら自分からいろいろなことをし始めます。
ちなみに太陽の光は細胞毒です。遺伝子を壊します。紫外線に当たりすぎないようにお気を付けください。
頭痛
片頭痛持ちですと仰る方が結構います。
片頭痛は、4-72時間継続する拍動性の頭痛を5回以上経験していて、光や音に対する過敏性を伴います(ICHD-3)。前兆があったり、精神症状を伴うことも多い。
神経細胞の塊なのに、脳そのものは痛みを感じません。痛みを感じるのは、脳の外側を覆っている結合組織の膜だけです。頭蓋骨(とうがいこつ)のすぐ内側の膜です。硬膜と呼ばれます。
硬膜は結合組織です。皮膚のすぐ下の組織と同じ中胚葉起源です。痛みを感じる神経は硬膜に沿って分布しています。この神経は三叉神経第3枝と呼ばれ、首や肩の筋肉の運動も支配しています。ちなみに、脳は皮膚と同じ外胚葉起源です。
発生(受精卵の成長)初期に表面を覆っている細胞集団が外胚葉です。発生が進むにつれて、外胚葉の中心線上の細胞集団が内側に落ち込んで、皮膚になる組織と離れて、脳を作ります。
日常的な頭痛で多いのは、肩こりや首の筋肉痛に伴う頭痛です。脳の硬膜と肩や首の筋肉への神経が同じ神経の枝なので、筋肉の凝りや痛みの情報を硬膜の痛みと感じるのでしょう。
高血圧に伴う頭痛もしばしば経験します。硬膜を通る脳の血管が拍動するのを痛みと感じるのでしょうか。
頭痛薬は他の薬の代謝を変えます。向精神薬や睡眠薬の効き方を変えてしまいます。頭痛薬を日常的に飲むのは危険です。頭痛薬中毒になっている方が時々いらっしゃいます。危険な薬なのでやたらと飲まない方が良い。頭痛を止めれば良いのではなく、原因に対処することが大切です。
色
アルチュール・ランボーの詩「母音」の最初の2行:
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤、母音たち、
おまへたちの穏密な誕生をいつの日か私は語らう。(中原中也訳)
文字を見て、色を感じる。数字に色がついている。音に色がある。生まれつきそのように感じる人たちが居ます。実際に、数字が色のパターンで見えるので、桁の多い数字を覚えるのが簡単だと、お伺いしたことがあります。
共感覚(synesthesia)と言います。ある1つの刺激に対して、通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象です。例えば、音を聞いて色を感じたり、文字や数字に色を感じたり…(perplexity aiより引用)。少ない(2%程度)と書かれていますけど、実は結構多い(5%)という報告もあります。小さい頃は皆そう見えていると思っていて、ある年代でどうも周りの人と違うと気が付きます。その頃には、それを言うと仲間外れにされる、虐められると理解していて、黙っている人が多いようです。
脳の中で、ある感覚受容野と別の感覚受容野が繋がっていて同時に神経活動が上昇すると思われます。詳細は分かっていません。全く害のない現象です。検査する必要もありません。
色(2)
光の波の波長の差を、脳が色と感じることで、色覚が生じます。元々色がついているわけではありません。自然界の情報を波長で別々に感じ取る。聴覚も同じです。視覚の方が波長が短い。どちらも連続したエネルギー波(光波と音波)を波長で分けて違う情報として感じ取る。体性感覚は幅が広くて視覚や聴覚から外れた波を感じる。例えば、熱さや痛み、体毛の動き、皮膚に触れる振動。
これらの神経系の中では、系統発生学的に体性感覚が最初です。ミミズなどは、ほとんど体性感覚でしょう。明るさの視覚は若干ある。
視覚の発達は、系統発生上比較的新しい。細かな形を脳がとらえることが出来るようになったのは、眼球が大きくなる哺乳動物からでしょうか。
色視覚は系統発生学的にはさらに新しくて、サルの仲間からです。ネコは、薄い水色しか見えていません。空の色を感じるのでしょうか。
外界の風景や色は、実はそれぞれのヒトが違うように感じていても不思議ではありません。それぞれの人の脳が解釈した結果だからです。ヒトは各自の脳内に外界の情報から形作ったそれぞれの世界を持っています。
音楽・絵画
耳(内耳の三半規管)は、連続した音を神経のシグナルに変えています。楽器による音色の違いがどのように知覚されているのか、説明されている記事を読んだ記憶がありません。脳は、音の波長の違い、音色の違い、音の強弱、音と音の間隔の違い(リズム)などを知覚して、旋律やテンポ、さらに感情まで、認識します。これが音楽。脳は、楽しいとか、悲しいとか、うれしいとか、勇ましいとか、音楽で感じ取る。表現できる。歌にしびれて恋をする。昔から小説に良く出てきます。男性歌手のコンサートでうっとりしている女性観客。女性歌手に夢中で騒いでいる男性達。音楽と情動は繋がりが深い。
絵も同じですね。色と形、線のボケや柔らかさなどを、全体で感じ取る。色に感情を感じるのは、ごく普通の人でも経験します。共感覚が、それほど異常ではないと実感できます。色に情緒を感じるのは、実はとても不思議です。ピカソやゴッホ、ムンク等の著名な画家が描いた絵には、独特の感情を感じます。あの絵を真似するのは無理に思えます。彼らには、そういう風に世界が見えていたのかもしれません。
色に関する視覚中枢は、側頭葉後部腹側皮質です。すぐ内側は、海馬外側の辺縁系皮質です。辺縁系は古い大脳皮質で、情動や攻撃性、本能的行動に関連しています。基本的に距離的に近い皮質は繋がりが強い。色と感情の繋がりは、視覚連合野と側頭葉腹側面の辺縁系との位置的近さに拠るのでしょう。
ちなみに、ある程度以上重症のうつ病の方は、音楽を聴いても楽しいとか慰めになるとか感じることができません。奇麗な花を見ても、灰色の世界に感じます。不思議ですね。
耳鳴(じめい・みみなり)
普段は気が付いていないのですけど、夜ゆったりした時とか、体温計のピピ音に耳を済ませると、ものすごく耳につきます。加齢による変化と理解されています。波があって、ストレスや睡眠不足で悪化するようです。ビタミン不足や聴神経鞘腫(ちょうしんけいしょうしゅ:聴神経腫とも言います)によって起こる場合もあるので、耳鼻科で検査されることをお勧めします。
耳鳴は耳で聞こえているように感じます。しかし、脳で聞こえていても、耳で聞こえると感じるでしょうね。音が聞こえることを聴覚と言います。
聴覚は、おそらく脳幹(延髄)で主に情報処理されます。聴神経(内耳神経)からの神経シグナルは、内耳神経核に入ります。内耳神経核から始まる上行神経回路は、錯綜しています。これは系統発生的に古い神経路の特徴です。
内耳神経核からの上行性神経投射は、一部外側毛帯核を経由しながら上オリーブ核(台形体核:たいけいたいかく)に入力します。左右の上オリーブ核は、密に交叉神経線維で連絡されています。この交叉線維束は台形体(たいけいたい)と呼ばれ、延髄断面で肉眼で確認できます。古典的な髄鞘染色で脳の切片を染色しますと、台形に濃く染まります。有髄線維(髄鞘を持っている神経線維)ですので、速度の早い情報伝達が左右の上オリーブ核同士で交わされます。
上オリーブ核の神経細胞は、中脳の下丘への上行性投射や下行投射、左右の交叉結合、周囲の網様体からの入力/への出力など、とても複雑な神経回路を形成します。古い神経路らしい複雑さです。
上オリーブ核からの上行性神経投射は、比較的単純に大脳(終脳)に向かいます。中脳の下丘さらに間脳の内側膝状体を経由して大脳(終脳)の聴覚皮質へ投射します。聴覚皮質は側頭葉後部背側にあり、島と呼ばれる辺縁系(情動を司る脳)の淵、側頭葉の新皮質(感覚・運動・連合野)への移行部です。聴覚皮質は、視覚皮質と比較すると遥かに小さい。体性感覚野/運動野と比較してもとても小さい。
聴覚野は1つしか知られておりません。島皮質の腹側縁に存在しているので、情動系との繋がりも強いでしょう。すぐ後ろに連合野の聴覚言語野(ウェルニッケ野)があります。音(言語)の調子・場面から情動を感じたり、言語として意味を理解したりする皮質へ、音の情報を伝えていると思われます。聴覚皮質は言語と関係が深い。
下丘は鳥では存在しません。上オリーブ核までの線維連絡の複雑さは古い神経路の特徴を持っていて、下丘から大脳皮質への投射系はすっきりとした新しい神経路の特徴を持っています。上オリーブ核までの神経回路の複雑さと比較すると、下丘からの神経回路はとても単純です。下丘以上の神経回路は、系統発生学的に哺乳類以降において、上オリーブ核までの古い神経回路に新たに追加されたかのように見えます。
基本的な音の情報処理(音色やリズム、音階、音による警告、優しさなど)は上オリーブ核において処理されているのでしょう。例えばカクテルパーティ効果と呼ばれている現象(がやがやしている中で特定の人の話だけを聞き取れる現象)は、上オリーブ核において情報処理されています。上オリーブ核において抜き出された音は、さらに聴覚皮質に運ばれて、聴覚連合野・島皮質において言語としての内容・意味が解析されます。
古い神経系は線維連絡が錯綜しています。嗅覚系や痛覚系なども系統発生学的に古い神経系です。古い神経系は、様々な異なった神経機能に関与しています。例えば、痛覚系が上行性賦活系(意識の原始的な経路:冷たい水で顔を洗うと目が覚めるとか)に関与していることは良く知られています。注意機構の一部です。古い神経系は様々な脳の機能に関与していて、良く解らないことが多い。